PROFILE

柴田瞳

歌人集団「かばん」に所属しています。ここでは短歌作品をはじめ、詩や歌人活動の記録を載せてゆきます。日記「マヨネーズ革命」も宜しくお願いします。

歌集『月は燃え出しそうなオレンジ』(2004年・ながらみ書房)

※批評・観賞目的での引用以外の作品の無断転用を禁じます。

MY CHARACTER

まめちゃん インド編

野鳥保護区で待ってる

2008-12-11

永遠に変わらなそうな信号にひたすら伸ばすレギンスの皺

わたしたち裸子植物ね初めから持たざる者の密かな愉悦

乗るときにやたら車体を触る癖やめてくれよと言われてやめる

あたらしいうつくしいひとあのひとにすでに香りをうつしてるひと

間に合うわ湯舟の底のペディキュアのピンクのラメを擦り落とせば

香水をどぼどぼ捨てる順接の接続詞より誠実に我

言い訳は信じてあげるでも今夜野鳥保護区の池で待ってる

振り向けば木立は深く烏龍茶色の鳥たちわっと飛び立つ


「かばん」2008年12月号

放課後の被服室

2008-11-07

雨が降る前の大地が匂い立つ甘い湿り気吸って二学期

放課後の被服室から手を振ったいつか振られる側になりたい

健全なモチーフとして美術部に走る姿を描き取られる

購買のチキンサンドを買い占めて職員室に貢ぎに行こう

新しい譜面 インクの香り すき ピアノ担当でも合唱部

埃舞う体育倉庫の小窓からレビューできない虹が見えるよ

友達に借りたジャージの袖からはわかってたけどあのこの匂い

ENTERキー死ぬほど押して得るよりも失うほうが得意なぼくら


「かばん」2008年11月号

熱砂の上を

2008-10-09

水を織るようにせっせと愛してた 午後の役場の試験放送

絶望が出入りする頬 百円の手鏡覗くほど堕ちてない

バーの客ゆるゆる減ってこの人とカップルみたいに取り残される

うねる字をやがて書きだす指だろう予言ばらまかれる保育園

もう捨てたんだっけデニムのワンピース取り戻してもう一度捨てたい

エロい顔無駄にするなと怒られて無駄に口の端引き結ぶ癖

葉酸とファミリー綿棒買い込んで店を出るとき愛は無防備

真昼間の白に焼き尽くされて夏 熱砂の上を歩いています


「かばん」2008年10月号

わたしの好きなうた「さよならなんて云えないよ(美しさ)」

2008-09-10

リレーエッセイ わたしの好きなうた
「さよならなんて云えないよ(美しさ)」/ 小沢健二



美しさ;oh baby ポケットの中で魔法をかけて
心から;oh baby 優しさだけが溢れてくるね
くだらないことばっかみんな喋りあい
嫌になるほど続く教会通りの坂降りて行く


惹かれる曲の共通点の一つに「ギャップ」がある。すなわち、幸せな歌詞なのにどこか悲しげなメロディー。逆に、せつなく淋しい歌詞に対し明るくポップな曲調。
きっと、人が感情を抑制する姿にぐっとくるのだろう。
あ、この人、今抑制している。
そう気付いた瞬間、気持ちが傾きそうになって焦ったりする。

小沢健二のアルバム『刹那』(2003年)においては、「痛快ウキウキ通り」「夢が夢なら」「強い気持ち・強い愛」といったキャッチーな魅力のある曲たちを長いこと信奉してきたが、20代も後半になり30代も見えてくると、気持ちが寄り添う曲は変わってくる。
「さよならなんて云えないよ(美しさ)」は、軽快なテンポと気取らないメロディーに隠された突き上げるような淋しさがじわじわと心を浸食する一曲である。


南風を待ってる 旅立つ日をずっと待ってる
“オッケーよ”なんて強がりばかりをみんな言いながら
本当は分かってる 2度と戻らない美しい日にいると
そして静かに心は離れてゆくと


2コーラスの後の転調、その後のこのAメロは、飽和状態の淋しさが理性を保ちきれなくなる直前の絶妙なバランスで支えられている。

個人的に別離を美化する歌は好きではないのだが、作詞家としての小沢健二が言及しているのは別れる前の美しさなのだ。
 小沢健二は、人一倍別離を恐れる人間である。
 言葉を尽くし声を枯らして、幸せな時間の存続を願い、その終焉を嘆いてきた。
 でも本当の慟哭は、別離を予感した時に訪れる。
 今のこの時は続かない、終わりは確実にやってくる。幕が下ろされる。
 そのことに思い至った瞬間、心身に走る痛みにも似た惜別の念。
 しかしそれは、二度と戻らぬ今を何と美しく彩ることだろう。罪深いほどに。


 江國香織の小説に、熱烈な恋に溺れていた恋人たちがお互いの写真を撮り始める、それは別れを予感しているからだというくだりがある。
 ずっと続くのならば、お互いの姿を残しておく必要性などないからだと言う。
 それと結びつけて思い出してしまうのは、高校生の頃のことだ。
 
 学年に一つしかない英語科クラスだったため、クラス替えがなく、34人と大好きな先生たちとで濃密な3年間を送った。
 日直が書く学級日誌は交換日記そのものであり、文字・文章・イラストの個性の輝きは天才的に面白く、卒業時に担任が抜粋して製本し、全員に配布したほどだ。
 一人に一首ずつ短歌を添えて。
 私のページには

一字一句疎かにせず向き合える君慎重の姿勢崩さず

 と書かれていた。
それが、写真部だった私の短歌を文芸部のコンクールに出品し、私が短歌の世界に進む背中を押してくださった、国語科の関口先生である。

 そんな英語科J組で、3年の夏の終わりくらいからインスタントカメラが流行りだした。
 皆、学校近隣の写真屋やコンビニで買い漁り、意味もないスナップばかりばちばち撮り合い、焼き増しして激しく贈り合った。
 セピアやモノクロ、美白効果があるもの等、様々な種類のカメラが溢れており、飽きることはなかった。
 教室で、化学室で、廊下で、屋上で、体育館前で、あらゆる場所で撮り合った。
 受験が日増しに迫っていたというのに。
 写真部に所属していた自分も、部の設備ではモノクロしか焼けないため、カラーの面白さに目覚めてしばし一眼レフを休ませ、インスタントカメラでの撮影に興じていた。

 思えば、別れを意識していたのだろう。
 卒業したら当然、みんなばらばらになる。
 この制服を着ることはなくなる。
この校舎で学ぶこともなくなる。
多くは秋田を離れ、皆それぞれに大学生活という未知の世界へ飛び込んでゆく。
 毎日が「2度と戻らない美しい日」にいると「本当はわかって」いたからこそ、何気ない日々を記録しながら「旅立つ日をずっと待って」いたのだ。
 そして、本当にみんなばらばらになった。

 先日、机の中から当時の写真が100枚くらい出てきた。
 写っている友人たちにあげるため焼き増しし、でも受験が近付き登校日がばらばらで渡すことができず、アルバムにも収められていない写真たちだ。
 みんな何て「素」なんだろうと笑いながらもこみ上げるものがあり、正視できずにほとんど捨ててしまった。

 安っぽい感傷に浸る気はないし、過去を美化して酔い痴れたくもない。
私的な集いや教育実習やクラス会で、限られたメンバーとは何度も再会を果たしてもいる。
 けれど34人全員が欠けることなく揃うことは、残念ながら決してないだろう。
 決してないと言い切れてしまうことが、悲しいけれど、大人になったということなのだろう。
 苦い諦念。
 できない未来の約束をするよりも、やがて訪れる終焉の気配に身を震わせてしまう臆病な大人になってしまった。


いつの日か;oh baby 長い時間の記憶は消えて
優しさを;oh baby 僕らはただ抱きしめるのか?と
高い山まであっというま吹き上がる
北風の中 僕は何度も何度も考えてみる


南風から北風に変わり、現実を突きつけられても、さよならなんてやっぱり言えなかった。

メープルシロップ 〜秘書課K子の嘆息〜

2008-09-10

物言わぬマイノリティーだ塩味の菓子が賞賛されるオフィスで

制服を脱ぎ去る前の鏡台で肉感だけはミロのヴィーナス

お局と同色と知り捨てる紅 媚態は常に突き崩されて

OLのおやつタイムは貪欲で 部長、メープルシロップいかが

企画課の鏑木さんは趣味の良いデコメ絵文字を使える人だ

タイミング良く誘われてうかうかと土曜ドラマを逃してしまう

割箸を噛んで鍛えた極上の笑顔がちゃんとできてたかしら

「定時上がりできそうならば待ってます」出金伝票ちぎって書いた


「かばん」2008年9月号

どこまでも花の香 〜鏑木法正の跳躍〜

2008-08-14

ぬばたまの夜をふらふら 月光が人を選んで降るなら萎える

すれ違う/今日は会釈で済まさない/今世紀最大の情熱

来てくれて(マジかよ)ほんとありがとう膝がゼリーのように震える

甘いジャズ聴かせる男 骨盤の歪みを熱く論じる女

「憎まれて殴られながら愛したの」あると思うよそういう愛も

相槌のリズムで啜るジンバック とにかく膝が近い。近いよ

改札に二人のプリクラ貼りつけるおまえを止めない 俺も酔ってる

結婚に向かない俺を抱きしめるどこまでもどこまでも花の香


「かばん」2008年8月号

真夏の会議 〜鏑木法正の復活〜

2008-07-10

三年ぶり三回目の登場になります。いきなりすみません。「かぶらぎほうせい」と読みます。四十三歳になりました。


俺にでもできるだろうかキオスクの「POSレジ導入暗算不要」

四回も会えばさすがに俺のこと承認したらしい野良猫は

KYをイニシャルに持つ上司いてしんと冷えてく真夏の会議

課内では孤高を気取る俺だけど実はみつをも富弘も好き

盗み見で済ます週間つりニュース「真鯛が熱い!」マジか行かねば

元妻の郵便物も来なくなり料理ばかりが上手くなる日々

ザッピングすれば深夜のプラズマに新人アナが無駄に可愛い

人類を救うわけでもない歌が薄暮だれかの指に降ること


「かばん」2008年7月号


【鏑木シリーズ バックナンバー】

永遠のルノアール 〜鏑木法正の憂鬱〜
俺は俺派だ 〜鏑木法正の感傷〜